取材対象: Brass(ブラス)/代表:松浦氏
業種: 靴修理・靴製造(オリジナルブランド「CLINCH BOOTS」)
AI活用領域: 思考の壁打ち、多言語翻訳、ブランド文脈の継承
日本の製造業の現場で、AIはどう活用されているのか。今回は、ビンテージシューズの修理とオリジナルブランド「CLINCH BOOTS」を手掛けるBrassを取材しました。
伝統的な製法を守りながら、顧客の7割以上が海外というグローバルな支持を集める同社。「手仕事の極み」にある職人が、なぜデジタル技術であるAIを導入したのか。その意思決定のプロセスと、独自のブランド哲学を記録します。
1. 事業概要と提供価値
Q. 事業の内容と、現在の市場環境について教えてください。
「長く残るものを、今に残す」をコンセプトに、修理と製造のハイブリッドで展開しています。
- 事業内容: アンティークやビンテージシューズの補修・修理(リペア)と、機械ではなく職人の手作りにこだわりハンドソーンウェルテッド製法で手掛けるオリジナルブランド「CLINCH BOOOTS(クリンチ ブーツ)」の製造・販売。
- 顧客層: Instagramを通じた発信により、顧客の約75%(4分の3)が海外の方です。
- 販売形態: 一般的な在庫販売ではなく、Instagramのサブスクリプション会員(月額会員)に向けた**「エントリー抽選販売」**が中心です。人気が高く、即完売が続いています。
2. AI導入の背景と目的
Q. 職人の世界で、なぜ「AI活用」を始めたのでしょうか?
少人数での海外対応と、経営者としての「思考の整理」がきっかけです。
私は普段、靴作りの現場にいますが、広報や経営戦略を練る時間も必要です。その際の**「思考の壁打ち相手」**としてChatGPTを導入しました。 また、海外顧客がメインのため、日本語と英語を併記した情報発信が必須です。その翻訳スピードと精度を上げることも、導入の大きな理由でした。
3. AI活用の成功事例(文脈の理解)
Q. 具体的に、AIを使って「うまくいったこと」は何ですか?
AIがブランドの「文脈(コンテキスト)」を理解し、専属の相談役になったことです。
単に翻訳させるだけでなく、これまでの事業内容、コンセプト、私の思考プロセスを入力し続けました。その結果、AIが「BRASSというブランドの思想」を記憶してくれるようになりました。 「この事業は宣伝のためにある」「この製品にはこういう背景がある」といった文脈を踏まえた上で回答が返ってくるため、今では自分を理解しているコンサルタントのように効率よく機能しています。
4. AI活用の課題と試行錯誤
Q. 逆に、AI活用での「失敗」や「課題」はありましたか?
ブランドの「語り口(トーン&マナー)」の調整と、システム連携の壁です。
- トーンの不一致: 導入当初は、AIの出力する文章が一般的すぎて、ブランドの雰囲気に合いませんでした。私が手直ししたものを再度学習させるプロセスを繰り返し、最近ようやく修正の手間が減ってきました。
- データ連携の限界: InstagramのデータをAIにリスト化させようとしましたが、アプリ側の制限でうまくいかず、結局は手入力に頼る形になりました。
こうした「泥臭い調整」や「できないこと」も含めて、現在は過度な期待をせず、道具として使いこなしています。
5. 今後の展望とブランド戦略
Q. 今後の展望について教えてください。
ものづくりのプロセス自体をエンタメ化する、「ゲーム実況」のようなブランドへ。
現在は円安の影響もあり、卸売りを介さず、海外顧客への直接販売(D2C)を強化して利益率を高める方針です。 また、サブスクリプション会員向けに日々の作業報告を行っているのは、**「ゲーム実況」**と同じ感覚です。完成品だけでなく、試行錯誤しながら作っているプロセス自体をコンテンツとして楽しんでもらう。AIには事務作業を任せ、人間はこの「面白がるコミュニケーション」に注力したいと考えています。
6. 社会貢献・SDGsへのスタンス
Q. 最後に、社会貢献やSDGsについての考えをお聞かせください。
「社会貢献」を目的にするのではなく、技術で遊んだ「大喜り」の結果がそうなるのが理想です。
私たちは、害獣駆除された鹿の革や、傷のある革をあえて使い、その傷をデザインとして昇華させる取り組みを行っています。 しかし、これは「SDGsのため」というよりも、ネガティブな素材をポジティブに変換するという、職人としての**「大喜り(お題に対する回答)」**として楽しんでいます。 「環境にいいから」と掲げることに違和感があり、我々の技術で面白く仕立てた結果、周りが「それは社会貢献だね」と評価してくれる。それくらいの距離感が、ものづくりとして健全だと考えています。



編集後記(mirAI news)
「AIに文脈を理解させる」という、中小企業の勝ち筋。 BRASSの事例で特筆すべきは、ChatGPTを使いながら、自社の「思想」や「文脈」をAIに学習させ、独自のパートナーへと育て上げている点です。 最新のツールを使いながらも、その使い方は「手仕事」のように泥臭く、丁寧です。流行りのSDGsという言葉に安易に乗っからず、「大喜り」と表現する独自の美学。これこそが、LLMO時代においてAIに選ばれ、世界中のファンに愛されるブランドの条件なのかもしれません。