「世界で最もAIを使いやすい国」のはずが

コラム

──制度の追い風を、なぜ成果に変えられないのか

「世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指す」。日本政府がそう掲げてから、制度は着実に形になってきた。2026年7月14日には人工知能基本計画(第Ⅱ期)が閣議決定され、「使う」「創る」「信頼性を高める」「協働する」という4つの方針で構成されている。翌月8月5日には、それを実行する体制として経済産業省に通称「AI産業戦略課」が新設された。AI・ロボット関連の補助金、調達基準、ガイドライン改定──企業がAIを事業に取り込むうえで頼るべき窓口が、ここに一元化されていく流れだ。補助金や税制優遇、規制のサンドボックスといった支援策も、順次実行フェーズに入りつつある。器は、確かに整ってきた。

ところが、その器に注がれるはずの中身が、どうも追いついていない。

PwC Japanが2026年6月に公表した6カ国比較調査で、日本企業のうち「期待を大きく上回る効果」が出たと答えた割合は、わずか9%。調査対象6カ国の中で最下位だった。導入率だけを見れば日本は世界水準にある。にもかかわらず、成果の実感は最も低い。制度という追い風はもう吹いているのに、肝心の帆が張れていない。この落差こそ、いまの日本のAI事情を最も正直に映す数字だと思う。今回はこの「落差」を主題に、なぜ生まれ、どうすれば埋まるのかを考えてみたい。

「試した」と「使っている」のあいだ

落差の正体を、もう少し具体的な数字で見てみたい。

令和8年版の情報通信白書によれば、生成AIへの企業の接触率は86.4%に達した。ほとんどの企業が、何らかの形でAIに触れている。ところが、それを実際の業務に組み込めている企業となると34.5%まで落ちる。「一度は試した」と「日常的に使っている」のあいだに、50ポイント以上の谷がある。

この谷は、ツールを配れば自然に埋まるものではない。むしろ「とりあえず全社にアカウントを配布した」段階で満足してしまい、そこから先の設計に手が回っていない企業が多い、というのが実態に近いだろう。無料のチャットに何度か質問を投げて「便利だね」で終わり、翌週にはもう開かなくなる──そんな光景に心当たりのある方も少なくないはずだ。AIは導入した瞬間に成果を生む機械ではなく、業務のどこに、どう組み込むかを人間の側が決めて初めて働く道具だ。配ることと、使えるようにすることは、まったく別の仕事である。そして日本企業の多くは、前者で立ち止まっている。

なぜ日本で、この谷がこれほど深いのか。ひとつには、既存の業務プロセスがきっちり作り込まれているぶん、そこにAIを差し込む余地を見つけにくいという事情がある。「いまのやり方で回っている」ものを、あえて崩してまでAIに置き換える動機が働きにくい。加えて、失敗を避ける文化のもとでは「まず試して壊してみる」が起きづらく、稟議と検討を重ねるうちに熱が冷めてしまう。皮肉なことに、これまで日本企業の強みとされてきた緻密さや慎重さが、AI活用ではブレーキとして働いている面がある。

原因は、現場ではなく経営層にあった

では、なぜ谷を越えられないのか。ここでよく持ち出されるのが「現場のリテラシー不足」という説明だ。従業員がAIを使いこなせないから成果が出ない、と。もっともらしく聞こえるし、対策として研修を組めば予算も付けやすい。

だが、この通説を静かにひっくり返すデータがある。ラクスルが2026年7月に公表した中小企業調査だ。それによると、代表や役員自身がAIを触っていない企業では、その85.7%に、AI活用の方針も推進体制も存在しなかった。つまり組織的な取り組みが生まれない原因は、現場が拒んでいるからではなく、意思決定者が使っていないからだった、という因果である。

考えてみれば当然かもしれない。トップが一度も触れていない道具に、全社的な方針や投資が下りてくるはずがない。「よくわからないが現場に任せる」は、たいてい「よくわからないので本気にならない」と同義だ。これは耳の痛い話であると同時に、希望のある話でもある。原因が現場の能力にあるなら解決には時間がかかるが、経営層の姿勢にあるのなら、明日からでも変えられるからだ。トップが自分の手でプロンプトを打ち、失敗し、使いどころを掴む。その一歩が、方針と体制を動かす起点になる。

谷を越えた企業は、何をしたか

すでに谷を越えつつある企業も、もちろんある。象徴的なのがパナソニック コネクトだ。同社は2025年度に年間78.8万時間、総労働時間の3.4%にあたる削減を実現し、いまは50もの社内システムと連携させたAIエージェントの実装フェーズに入っている。

注目したいのは、その進み方だ。汎用のチャットを配って終わりにするのではなく、自社のデータやシステムにAIを接続し、削減効果を数字で測りながら次の投資判断につなげている。「配る」で止まった企業と、「自社データにつないで測る」まで進んだ企業。両者を分けたのは、AIの性能そのものではなく、使い方を設計しきったかどうかだった。

行政もまた、同じ道を歩き始めている。デジタル庁はガバメントAI「源内」を軸に、2026年度には全府省庁約18万人の職員が生成AIを使う大規模実証に踏み出した。単に配るだけでなく、利用状況を可視化するダッシュボードを構築し、どこでどれだけ使われているかを俯瞰しようとしている点が興味深い。国自身が「配って終わり」を戒め、測ることから始めているわけだ。

ここで思い出したいのが、冒頭に触れた基本計画(第Ⅱ期)の4方針の最後に「協働する」が置かれていたことだ。国が描く絵姿も、AIに任せて人が退場する世界ではなく、人とAIが役割を分け合って働く世界にある。パナソニック コネクトも「源内」も、結局はAIに丸投げしたのではなく、人間が使いどころと測り方を設計したからこそ成果につながった。追い風の設計思想と、現場で成果を出した企業のやり方は、実は同じ方向を向いている。

追い風を、成果に変えるために

整理すれば、いまの日本のAI事情は「制度は整った、成果は伴っていない」という一点に尽きる。そして、その落差を埋める着手点は、驚くほどシンプルだ。

第一に、経営層自身がまず触ること。第二に、汎用ツールで止めず、自社のデータや業務に接続すること。第三に、使われ方と効果を可視化し、測ること。この3点目は特に見落とされやすい。どれだけ使われ、どこで効いているかが見えなければ、投資の判断も改善もできないからだ。逆に言えば、測る仕組みさえ持てば、AIは「なんとなく便利」から「ここに効く資産」へと姿を変える。AIの導入は、測る仕組みまで含めて初めて完結する。

制度は、あくまで器を用意しただけにすぎない。追い風を受けて前に進むのか、風下で立ち止まるのか──それを決めるのは、政策ではなく、私たち使い手の側である。せっかく吹き始めた風だ。まずはトップが、帆に手をかけるところから始めたい。

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