「グリストラップ清掃」の常識を覆し、AIで世界へ挑む町工場の挑戦
取材対象:美ら技研株式会社
人手不足やコスト高騰に悩む飲食業界において、厨房の「グリストラップ(油脂分離槽)」の清掃は、きつく、汚く、敬遠されがちな作業の代表格です。 今回は、沖縄県で生まれた画期的な洗浄剤「美らちゅら超洗浄(ちゅらちゅらちょうせんじょう)」を展開する美ら技研株式会社を取材しました。清掃作業員の切実な悩みから生まれた製品開発の裏側と、沖縄の小さな企業がAIを駆使して海外市場へ切り込んでいく戦略について、その意思決定のプロセスを伺いました。
——————————————————————————–
Q. まず、御社の主力製品と、それが解決する現場の課題について教えてください。
A. バキューム清掃に頼らず、自分たちで安価かつ安全に処理できる洗浄剤です。
私たちの主力製品は、グリストラップ用洗浄剤「美らちゅら超洗浄」です。 従来、飲食店のグリストラップ清掃は、バキューム清掃か人体に影響が大きい製品による清掃がなされていると耳にしております。しかし現在、都内やビル内の店舗では駐車許可の取得が難しく、業者側も清掃の手間の割に利益が出ない上、清掃を行い油まみれになった設備の洗浄を清掃作業以上に行う必要があるため、撤退や料金値上げが相次いでいます。飲食店側は「業者が来てくれない」「コストが高い」という二重の苦しみを抱えていました。
この製品は、水に溶かした薬剤を投入するだけで油を分解し、水と一緒に流せるようにします。バキューム清掃は1回あたり1.5〜2.0万円の清掃費用に加え、産廃処理料やマニフェストによる産廃処理に関する書類管理業務も発生します。それに比べ、本製品は月2回の使用でも月額7,000円程度と、コストを半分以下に抑えながら煩雑な書類管理業務も不要になります。また、独自の成分が沈殿して4〜5日間臭いを抑え続けるため、配管詰まりや悪臭の解決にもつながります。
Q. 開発のきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?
A. アトピーに苦しむ清掃員の「手を守りたい」という執念から生まれました。
実はこの製品は、化学者ではなく、沖縄の一人の清掃作業員が開発しました。彼は元々店舗清掃を行っていましたが、アトピー体質で、業務用の強力なアルカリ洗剤により手がボロボロになり、血が出るほどの状態でした。 通常なら仕事を辞めるところですが、彼は「手が荒れない洗剤を作ればいい」と考え、独学で10年以上かけて調合を繰り返しました。
転機はコロナ禍です。飲食店が休業し、清掃の仕事がゼロになった彼が、「生活ができない」と私たちに相談に来たことが始まりでした。彼の製品をさらに広めるため、営業強化・販促を目的として当社を設立し、すでに製品化されていた洗剤を「沖縄ブランド」としてパッケージ化し、全国、そして世界へ広げる体制を整えました。
Q. 地方の中小企業がAI活用に踏み切った背景と、具体的な活用事例を教えてください。
A. 海外展開の壁を突破するため、そして専門外の知識を補うために導入しました。
私たちは少人数の組織ですが、シンガポール、タイなど東南アジアからの引き合いが増えています。しかし、社内に語学の専門家はいません。そこで、チラシやマニュアルの多言語化、現地の商談での通訳にAIをフル活用しています。
具体的には、以下のような活用をしています。
• 多言語展開と資料作成: 「NotebookLM」などのツールや生成AIを活用し、日本語のチラシデータを読み込ませて英語や現地の言葉に翻訳し、画像生成AIと組み合わせてその場で販促資料を作成しています。
• 専門知識の習得: 品質管理担当の薬剤師と連携しながら、成分に関する専門的な知識(界面活性剤の化学式など)や海外の許認可・法規制情報の収集にAIを活用し、製品理解を深めています。
• 商談の効率化: 海外の方との会議では、Geminiなどのリアルタイム翻訳機能を使い、通訳なしで意思疎通を図っています。
AIは「魔法の杖」ではなく、私たちの手足となり、足りないリソースを埋めてくれる「最強のパートナー」です。社員全員で資格勉強を行うなど、AIリテラシーの向上にも取り組んでいます。
Q. 市場の反応で、意外だったことはありますか?
A. 「きれいな店ほど買う」というパラドックスです。
当初は、汚れたグリストラップに困っている店ほど導入してくれると考えていました。しかし実際は、衛生意識が高く、すでにきれいな状態を保っている高級ホテルや大手チェーン店からの導入が進んでいます。 逆に、衛生環境に関心の薄い店舗は、どれだけコストが下がると提案しても響かないことが多いのです。「意識の差」が明確に表れる点は、営業活動における大きな発見であり、苦労した点でもあります。
Q. 今後の展望と、目指す社会像について教えてください。
A. 「3K労働」の負担を減らし、沖縄から世界へ環境技術を発信したい。
グリストラップ清掃は、いわゆる「3K(きつい、汚い、危険)」な業務であり、人手不足の現場ではアルバイトが辞める原因にもなります。私たちの製品でその負担を減らすことは、労働環境の改善につながると考えています。 また、環境に優しい成分で油を分解することで、配管詰まりを防ぎ、水質保全にも貢献します。
現在は「沖縄県優良県産品」としてのブランドを活かし、国内の大手スーパーやカフェチェーンへの導入を進めています。将来的には、アジアを中心とした海外市場へ「沖縄発の環境技術」として広め、現場で働く人々の手と、地球の水を守っていきたいと考えています。
——————————————————————————–
【編集後記】 「手が荒れない洗剤を作りたい」という個人の切実な願いが、コロナ禍での助け合いを経てビジネスとなり、AIという最新技術を翼にして世界へ羽ばたこうとしています。美ら技研株式会社の事例は、技術力や規模に関わらず、現場の課題に向き合い、使える道具(AI)を柔軟に取り入れる姿勢こそが、未来を切り拓く鍵であることを教えてくれます。